ギターの生徒さんの高木くんのギターレコーディングを手伝っています。
曲はスティーヴィー・ワンダーのPart Time Lover。ようやく伴奏のトラックが録り終わり、そのトラックのエディットを始めました。
エディットではタイムの誤差を直したり、発音をよくしたりします。
レコーディングやエディットをやるにあたって、ドナルド・フェイゲンのナイトフライという名盤を解説した「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」(冨田恵一)を再読しています。
ドナルド・フェイゲンがどれだけその作品群を作る時に時間と熱意をかけたかを、MISIAのEverythingなどのプロデュースを担当した冨田恵一さんが丁寧に解説されています。
生音にこだわるプレイヤーの中には編集を悪とする人々もいますが、
僕は音が良くなるならばどうエディットをしてもOKだと思っています。
やはり音源から聞こえる音が全てですので、そのための労力は惜しみたくないですね。
もちろん楽器の腕やレコーディング環境など、録りの部分はエディットよりも大事です。
元のデータが良くないとどうエディットしても高いレベルを超えてきません。
どの部分を取っても手を抜かないことで、名盤と呼ばれるものは出来上がっているんですね。
「ナイトフライ」を聞いていると、強くそう思います。
いつかあれくらい行き届いたものが作れるようになりたいなあ。
YouTube演奏動画
2017/02/13
星と嵐
「神々の山嶺」を読んだこと、ウクレレの生徒さんから山登りを始めた話を聞いたこと、知り合いのバーの店長が今現在、東京都最高峰、雲取山に登っていること。そういったことが数日中に重なって、すっかり山に興味が出てしまいました。(そういえば僕らの音楽スタジオの隣のカフェのオーナーは元山岳部。ガチガチの山男山女でよく山の話を聞いてたなあ。)
しかし生粋のインドア派である僕はそこで山に登ろう、とはならず、山の話を読もう!となります。
そこでガストン・レビュファの「星と嵐」を購入しました。この本はアルプスの最も有名な「6つの北壁」を登攀したガストン・レビュファの山岳紀行です。(代官山蔦屋書店の旅のおすすめコーナーにあって偶然手に取りました。)
僕は山の知識がほぼ全くないので、出てくるワードがさっぱりわかりません。例えばこんな文。
氷のバンドをトラヴァースし、ザイルの三ピッチで『75メートルの凹状岸壁(ディエードル)』に達した。
さっぱりわからないのですが、話を追っていくと不思議なものでなんとなくわかるようになってきます。
僕が特に気になったワードで、ビヴァークという言葉があります。
「星と嵐」の前書きにも、
ヒマラヤでのキャンプ・ファイア、谷間や氷河でのキャンプ、アルプスの山小屋の夕べと宿り、山での夜こそは、アルピニストの生涯でも最も美しい思い出だろう。なかんづく星空をあおいでの山上のビヴァークこそ、いつまでも思い出に残るすばらしいものだ。
と書いています。
ビヴァークという言葉をイメージすると、大地に寝っ転がって、満天の星空を見ながら眠るイメージが浮かびます。なんでこんなイメージがわくのだろう、と考えてみると、昔オーストラリアのウルルー(エアーズロック)に行った時の記憶なんですね。
ウルルーに立ち寄る前の晩、僕らは近くのキャンプ場で一晩をあかしました。バス観光で一人旅だったので、同じツアーの若いバックパッカーたちと自然と仲良くなりました。その夜はテントの中でみんなと一緒に話をしたり、トランプをしたり。その時ツアーの添乗員がやってきて、「すごく綺麗な星空だし暖かいから、外に出なよ。」と言ってきました。
そこで我々が外に出ると、目の前で星を掴めるくらいの圧倒的な星空。そこかしこで流れ星。僕らの周りにある明かりはランタンくらいのものなので、星の明るさが目に眩しいくらい。そこで寝袋を取り出して、満天の星空を眺めながら眠りにつきました。
星空をあおいでの山上のビヴァーク、なんてワードを見ると、ついそのメージが湧いてしまい、夜空に包まれているような暖かい気持ちになれます。
なんて文章を書きながら、ビヴェークをGoogle検索してみると、ビヴァークとは緊急的に野営をすることで、テントを張るスペースがない場合などに着の身着のまま寝ることのそうです。
画像検索するとさらにヘヴィーな状況下でのビヴァークをたくさん見ることができます。
うーん、だいぶイメージと違ったなあ。
しかし生粋のインドア派である僕はそこで山に登ろう、とはならず、山の話を読もう!となります。
そこでガストン・レビュファの「星と嵐」を購入しました。この本はアルプスの最も有名な「6つの北壁」を登攀したガストン・レビュファの山岳紀行です。(代官山蔦屋書店の旅のおすすめコーナーにあって偶然手に取りました。)
僕は山の知識がほぼ全くないので、出てくるワードがさっぱりわかりません。例えばこんな文。
氷のバンドをトラヴァースし、ザイルの三ピッチで『75メートルの凹状岸壁(ディエードル)』に達した。
さっぱりわからないのですが、話を追っていくと不思議なものでなんとなくわかるようになってきます。
僕が特に気になったワードで、ビヴァークという言葉があります。
「星と嵐」の前書きにも、
ヒマラヤでのキャンプ・ファイア、谷間や氷河でのキャンプ、アルプスの山小屋の夕べと宿り、山での夜こそは、アルピニストの生涯でも最も美しい思い出だろう。なかんづく星空をあおいでの山上のビヴァークこそ、いつまでも思い出に残るすばらしいものだ。
と書いています。
ビヴァークという言葉をイメージすると、大地に寝っ転がって、満天の星空を見ながら眠るイメージが浮かびます。なんでこんなイメージがわくのだろう、と考えてみると、昔オーストラリアのウルルー(エアーズロック)に行った時の記憶なんですね。
ウルルーに立ち寄る前の晩、僕らは近くのキャンプ場で一晩をあかしました。バス観光で一人旅だったので、同じツアーの若いバックパッカーたちと自然と仲良くなりました。その夜はテントの中でみんなと一緒に話をしたり、トランプをしたり。その時ツアーの添乗員がやってきて、「すごく綺麗な星空だし暖かいから、外に出なよ。」と言ってきました。
そこで我々が外に出ると、目の前で星を掴めるくらいの圧倒的な星空。そこかしこで流れ星。僕らの周りにある明かりはランタンくらいのものなので、星の明るさが目に眩しいくらい。そこで寝袋を取り出して、満天の星空を眺めながら眠りにつきました。
星空をあおいでの山上のビヴァーク、なんてワードを見ると、ついそのメージが湧いてしまい、夜空に包まれているような暖かい気持ちになれます。
なんて文章を書きながら、ビヴェークをGoogle検索してみると、ビヴァークとは緊急的に野営をすることで、テントを張るスペースがない場合などに着の身着のまま寝ることのそうです。
画像検索するとさらにヘヴィーな状況下でのビヴァークをたくさん見ることができます。
うーん、だいぶイメージと違ったなあ。
2017/02/12
谷口ジロー
漫画家、谷口ジローさんが死去されました。
山登りが趣味の先輩から、夢枕獏原作、谷口ジロー作画の「神々の山嶺」を借りて、 読んでた最中だったので、驚いています。
谷口ジローさんは「『坊っちゃん』の時代」や「孤独のグルメ」の作画でも有名な方で、 僕は一時期前にベルギー・フランスの漫画の総称を指すバンド・デシネが再評価されていた時に、 代表的な作家メビウスを知り、「アキラ」の大友克行経由で谷口ジローを知りました。
僕も学生時代は漫画家になりたくて、 いろいろ描いたり、応募したりしたものの、箸にも棒にもかかりませんでした。
そんな少ない漫画を描くという経験の中でも何度か壁にぶつかったことがあります。
例えば、石をどう描くか、という問題。
石を描くときに、この石の組成はなんなんだろう、この場所にあるべき石はなんだろう。そしてその石をどうやったら描けるのか。
漫画を描くには世界のすべてのことを知っていなければならないのではないか、と途方にくれたことがあります。
一つのものを書くのにリアリティを出す、 というのには圧倒的な情報量とバックボーン、そして美術の腕が必要ですね。
谷口ジローさんの精緻な絵はしっかりその組成を把握しているような、 リアリティがあり、漫画の腕は最高峰です。
おそらく「この漫画に描かれている建物の様式は何ですか?その建築材は?」
という質問にも答えられるんじゃないか、と思うようなリアリティです。
(そしておそらく答えられるんでしょう。)
僕もそういった高いレベルの仕事ができるようになりたいなあ。
山登りが趣味の先輩から、夢枕獏原作、谷口ジロー作画の「神々の山嶺」を借りて、 読んでた最中だったので、驚いています。
谷口ジローさんは「『坊っちゃん』の時代」や「孤独のグルメ」の作画でも有名な方で、 僕は一時期前にベルギー・フランスの漫画の総称を指すバンド・デシネが再評価されていた時に、 代表的な作家メビウスを知り、「アキラ」の大友克行経由で谷口ジローを知りました。
僕も学生時代は漫画家になりたくて、 いろいろ描いたり、応募したりしたものの、箸にも棒にもかかりませんでした。
そんな少ない漫画を描くという経験の中でも何度か壁にぶつかったことがあります。
例えば、石をどう描くか、という問題。
石を描くときに、この石の組成はなんなんだろう、この場所にあるべき石はなんだろう。そしてその石をどうやったら描けるのか。
漫画を描くには世界のすべてのことを知っていなければならないのではないか、と途方にくれたことがあります。
一つのものを書くのにリアリティを出す、 というのには圧倒的な情報量とバックボーン、そして美術の腕が必要ですね。
谷口ジローさんの精緻な絵はしっかりその組成を把握しているような、 リアリティがあり、漫画の腕は最高峰です。
おそらく「この漫画に描かれている建物の様式は何ですか?その建築材は?」
という質問にも答えられるんじゃないか、と思うようなリアリティです。
(そしておそらく答えられるんでしょう。)
僕もそういった高いレベルの仕事ができるようになりたいなあ。
2017/02/11
口あいてください
最近歯医者に通っていて、
そこで「口あいてくださいー。」と歯科衛生士や助手に言われます。
開けゴマ!みたいな感じで口に頼んでいるその姿が、 何だか可笑しくて笑っちゃうんですが、Webで調べたところ、 どこの歯医者もそう言うみたいですね。
おそらく正しい日本語なんでしょう。
かくいう僕は間違えて覚えていることがたくさんあって、 例えば食指(しょくし)が動く、を耳で覚えてしまったせいか、 触手(しょくしゅ)が動く、と間違えてしまいます。
その言葉を文面で読むとき、人がいうときに、 必ずうねうねした触手が寿司をつかむ謎の映像が浮かんでしまいます。
なぜそんなイメージになってしまったのか、 そんな映像を見たことがあるのか。
全くわからないけど、その映像が頭から離れません。
生活しているとそういった誤用や誤解をすぐに直してしまいがちですが、 そういった誤用、誤解が許される世界の方が なんだか居心地が良さそうですね。
そんなわけで今日も触手が寿司を数貫つかみ続けます。
うねうね。
開けゴマ!みたいな感じで口に頼んでいるその姿が、 何だか可笑しくて笑っちゃうんですが、Webで調べたところ、 どこの歯医者もそう言うみたいですね。
おそらく正しい日本語なんでしょう。
かくいう僕は間違えて覚えていることがたくさんあって、 例えば食指(しょくし)が動く、を耳で覚えてしまったせいか、 触手(しょくしゅ)が動く、と間違えてしまいます。
その言葉を文面で読むとき、人がいうときに、 必ずうねうねした触手が寿司をつかむ謎の映像が浮かんでしまいます。
なぜそんなイメージになってしまったのか、 そんな映像を見たことがあるのか。
全くわからないけど、その映像が頭から離れません。
生活しているとそういった誤用や誤解をすぐに直してしまいがちですが、 そういった誤用、誤解が許される世界の方が なんだか居心地が良さそうですね。
そんなわけで今日も触手が寿司を数貫つかみ続けます。
うねうね。
2017/02/10
丁寧にやろう
リゾートミュージックの企画ためのレコーディングのため、プリプロダクション作りの1日でした。
ドラムトラックとベースを入れて、伴奏、メインメロディ、オブリを入れていく。
ある程度ノウハウもできてきたし、キーもテンポも決まっていたので、1曲まるまるフルサイズの形にするのにそんなに時間がかかりません。
完成して頭から聞いてみると確かに「良い」です。
確かに音楽として成り立っているし、こういった音源もよく街で耳にします。
でも「すごく良い」ではない。
なんだか核となるものが見えてこない。
音楽的芯や土台のようなものがグラグラしている感じ。
この心もとない土台の上に積み重ねていいものかどうか。
こういう時はすごく悩んでしまいますが、悩んでも仕方がないので、音楽仲間に相談。
彼は、このまま各トラックの質をゆっくり丁寧に上げていけば大丈夫じゃないの?と言ってくれました。
僕は半信半疑ながらも、まあやってみるか、と思い、仮に録音したベーストラックをリズムとフレーズともに直していきます。
その後は気になってきた曲の構成の入れ替えと、メロディのリズム直し。
ついでにストリングスのバイオリンパートを打ち込み。
最終的には再レコーディングする予定のパートを一つ一つ本番と同じ精度で演奏していきます。
そうすると楽器の編成もアイデアもほぼ変わってはいないのに、 芯のようなものがうっすら出てきました。
これならいけそうかも。
何か仕事をしている時には不安が必ず付きまといます。
本当にこれでいいのかなあ?無駄なことを積み重ねているんじゃないだろうか?
でも、しっかり丁寧にやることでその不安は少しづつ取り払われているような気がしますね。
音楽作りに芯や土台なんてものはもともとそこにはなく、 ただ丁寧の積み重ねの中に生まれてくるものなのかなあ。
ドラムトラックとベースを入れて、伴奏、メインメロディ、オブリを入れていく。
ある程度ノウハウもできてきたし、キーもテンポも決まっていたので、1曲まるまるフルサイズの形にするのにそんなに時間がかかりません。
完成して頭から聞いてみると確かに「良い」です。
確かに音楽として成り立っているし、こういった音源もよく街で耳にします。
でも「すごく良い」ではない。
なんだか核となるものが見えてこない。
音楽的芯や土台のようなものがグラグラしている感じ。
この心もとない土台の上に積み重ねていいものかどうか。
こういう時はすごく悩んでしまいますが、悩んでも仕方がないので、音楽仲間に相談。
彼は、このまま各トラックの質をゆっくり丁寧に上げていけば大丈夫じゃないの?と言ってくれました。
僕は半信半疑ながらも、まあやってみるか、と思い、仮に録音したベーストラックをリズムとフレーズともに直していきます。
その後は気になってきた曲の構成の入れ替えと、メロディのリズム直し。
ついでにストリングスのバイオリンパートを打ち込み。
最終的には再レコーディングする予定のパートを一つ一つ本番と同じ精度で演奏していきます。
そうすると楽器の編成もアイデアもほぼ変わってはいないのに、 芯のようなものがうっすら出てきました。
これならいけそうかも。
何か仕事をしている時には不安が必ず付きまといます。
本当にこれでいいのかなあ?無駄なことを積み重ねているんじゃないだろうか?
でも、しっかり丁寧にやることでその不安は少しづつ取り払われているような気がしますね。
音楽作りに芯や土台なんてものはもともとそこにはなく、 ただ丁寧の積み重ねの中に生まれてくるものなのかなあ。
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